球になる。

球になる。

球になる。  Nov.2024

パチンコの球にカメラを内蔵し、パチンコを楽しめるのと同時に
球の中から見た映像を見ることができる作品

 自分は大人になり、子どもの頃のように球に触れるだけで楽しかったり、ワクワクする事はできなくなったと思う。母の造形教室の授業で、子ども達が一心不乱に球と遊んでいる姿を見て憧れを抱いた。
 しかし大人になっても、単なる球としてではなくとも、野球やサッカーなどのスポーツでの” 球” 自体には人を楽しませる力があると感じる。
 この作品では鑑賞者自身の身体を球に憑依させ、”球になる” 事で大人でも楽しめるものになると考え制作した。

  

球の持つ力を知ったきっかけ/ 出来事

9 月15 日 最近の自分には一つ引っかかることがある。それは、幼少期の感覚というものについて興味があったこと。でもなんで自分がそれに興味があるのか分からない。

10 月6 日 球について探求していたことがきっかけで、母が23 年の秋頃に始めた積み木や造形などを行う教室に助っ人として参加した。そこで見た光景は、子供達が一心不乱に球を転がしたり、机の下に落ちた球を体をねじ込ませてとっていたり、球が跳ねると一緒にジャンプしたり、とにかく楽しそうだった。それと同時に、球の持つ力の大きさを感じた。

 この経験でハッとしたことがあった。そうだ、自分はこうなふうに無心でワクワクして物事に打ち込める子どもたちのことが羨ましいのだと。だから自分は幼少期の感覚に興味があったのではないのか。自分(大人)もこんな体験をしたい

制作後

 球の中からの映像は常に動いていてずっと見ていると酔ってしまった。しかし自分で球を打つことで映像が相互作用的に動く構造によって、無心でやっていたくなる作品が出来たと感じた